村上春樹著「騎士団長殺し」

粋な主人公は離婚と不倫とセックスに振り回された挙げ句にスーパーナチュラルの深みに足を取られ引き返せなくなります。
監督の富野由悠季様がバンダイのプラモデルで有名なあのアニメ直後に製作したスペースラナウェイ物のあのアニメに登場した「イデのチカラ」を思い出させてくれた副題の「顕れるイデア編」が目に留まります。
娯楽や嗜好品要素も盛り沢山で高級外車から始まってカローラのポンコツの使用描写や珈琲やウイスキーを飲むシチュエーションやワインの味わい方、心地よいクラッシック音楽の種類など試したらきっと楽しくなることばかりです。
高齢化社会による人の尊厳や東日本大震災の傷まで考えされる、これは真に現代小説の成せる技そのものです。次の展開がどうなるか気になって「遷ろうメタファー編」まで読んでしまうこと受け合いです。

 賛否両論はあると思いますが、サブキャラの免色(めんしき)の心情には心が動かされます。
五十過ぎたオヤジにとって我が子、特に娘は寵愛の対象と成り得るもので自分のDNAを未来に繋げてくれる存在に思えてならないのです。
死について思うところ仏教思想で言う絶対無のむこうに何かしら光があるとしたら、何かしら未来に自分のDNAの陰を残すことではないでしょうか。「去る者は日々に疎し」。
名前さえ残せない人には輪廻とやらは望めないのような気がしてなりません。妄想かもしれませんがゴーストと言われる人独特の意識はそのDNAに由来しているのではと最近思うようになりました。人類故のDNA。「揺らぎのある可能性」よりも揺らぎの無い可能性があると信じて努力するべきではないでしょうか。